まちと理性 ―商店街を知るための内視鏡的視座―

商店街内部(事務局職員)の視点で地域社会を考える

商店街を知る① 商店街という言葉の成立ち

商店街についてあれこれと考えていく上で、

知っておくべきそもそもの疑問を、いくつか確認しておきたい。

ここではまず「商店街」という言葉の成立ちについて考えてみようと思う。

 

定かではないが、「商店街」という言葉が使われるようになってから

まだ100年ほどしかたっていないらしい。

大正期から使われ始め、昭和初期に一般化されたと言われているからだ。

もちろん、それ以前にも商店街のような店舗の集りは存在した。

江戸や大阪の町にも、店舗が並ぶ通りはそこかしこに見られたはずだ。

しかし、そうした商店の集合体を「商店街」とは呼ばなかった。

反対に「住宅街」という言葉も、その時代はまだ存在しない。

単に「町」といえば大抵、商人や職人が集る場所を意味していたし、

奉公人(従業員)が暮らす長屋も、「町」の中に混在していた。

「町」という言葉があれば充分だったのである。

近代以前の社会は、生業/身分/住居地域が明確に分離していた時代だった。

では100年前、「商店街」という言葉はなぜ生れてきたのであろうか。

 

「商店街」という概念の成立には「商店会」の成立が大きく関っている。

「商店街」と「商店会」の違いを明確にするのは難しい側面もあるが、

字面からして「商店街」は街区そのものを指しているのに対し、

「商店会」は会という組織団体を意識した呼び方のように感じるだろう。

「商店街」も「商店会」も同じ時期に発生した言葉と考えられるが、

どこの「商店街」にも大抵は組織団体(商店会)が設立されており、

もしくは「商店会」の集合体として「商店街」が形成されていることもある。

ということは「商店会」の発生が前提となり「商店街」が誕生したのだろうか。

しかし一方で「商店会」が結成されるためには、

必ずそこに何がしかの店舗集団が、すでに存在したはずである。

商店の集合体である「商店街」がそこに無ければ「商店会」も発生しない。

従ってこの二つの言葉は、時に混同され、時に使い分けながら、

同時並行的に発生した言葉であり、概念であったと見るべきであろう。

組織団体の発達史的な視点で見るならば、

始めに「商店会」という小さな任意団体が結成され、

やがて昭和初期に「商業組合」という形で「商店会」の法人化が進められる。

このとき法人となった多くの団体が「商店会」ではなく

「商店街」という組合名称を名乗ることになるのである。

そこには、やや意図的な言葉の使い分けが感じられるし、

このニュアンスは今もある程度存続しているように感じられる。

 

「商店街」の成立には、もうひとつ「住宅街」の発生も大きく関係している。

話は近代以前に遡る。

江戸時代にも、商人同士の何らかの組織はあったに違いない。

しかし多くの場合、その組織は商人の集りというよりは、住人の集り、

つまり「町内会」的な側面の方が強いものであった。

或いは同業者組合のような組織も早くから存在した。

町内組織の場合は、あくまでも住人としての共同組織であり、

商業的な利害を調整するという側面はそれほど大きくなかったであろう。

しかし近代になって、身分制の時代が終わると、生業の異なる者同士が

同じ区域に居住するという新しい社会が出現した。

特に郊外の場合は、もともと農村だった地域が宅地開発され、

農民と新興住民(多くはサラリーマン)との共存が始まって、

様々な葛藤の中から、新たなコミュニティとして「町内会」が組織される。

それと同時に、新興住民たちの衣食住を支えるための商店が増えていき、

農民とサラリーマンと商人とによる三者の共存が求められたのである。

ここに誕生したのが「住宅街」であり「商店街」だったのであろう。

生業の異なる人々が寄り集まって居住する近代的な「住宅街」においては、

住民組織とは別に、生業ごとの互助的組織が必要だったのではないだろうか。

それが商人たちの「商店会」であり、農民たちの「農会」だったと考えられる。

「商店会」は、「町内会」と同じように会則があり、入会資格があり、

役員が選出され、会費を徴収する組織であった。

しかし重大な違いは、会費徴収の目的とその金額にあったのではないか。

街の環境を整えるために共同で街路灯や路面を整備するのみならず、

共同陳列所を設置したり、大売出しの景品を用意したり、そうした目的で

費用が徴収されるのだから、とても一般住民と同じ組織では運営できない。

こうした商業事業を目的とした組織が必要となったとき、

住民組織とは別に「商店会」が生れることになるのは当然であった。

 

「商店街」とは、このように「住宅街」出現の副産物として、

必然的に誕生したものであり、住民組織である「町内会」と

商人組織の「商店会」は光と影のように表裏一体であったことが窺える。

住民が生活する上で商店が必要とされ、

商店が成立つ上で近隣住民が必要とされた。

当たり前のことだが、この構図こそが地域生活の基本型であったことを

ここで改めて確認しておきたい。

そして商店街について考えるとき、単に商店だけの問題としてではなく、

周辺住民との関係を視野に入れなければ片手落ちになってしまうことを

改めて関係者は認識すべきであろう。

 

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